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業務の見える化は、なぜ途中で止まるのか

エクセルの表が配られて、二週間が経ちました。埋まっているのは、いちばん手の空いている人の行だけです。
いちばん忙しい人の行は、空のままです。催促もしづらい。その人が忙しいことは、表を配った側がいちばんよく分かっているからです。
この作業が終わらないのは、書き出す欄が足りないからではありません。書き出す時間を、いちばん忙しい人から取ろうとしているからです。
私は製造業で12年、100人規模の会社の代表を務めました。当時、いまのような道具はありません。
先に、その時間を取らずに済ませる方法のほうから片づけます。
業務の見える化は、なぜ途中で止まるのですか
手順が悪いからではありません。止まるのは、書き出す人と、いちばん抱えている人が同じだからです。
誰が何をどれだけ持っているかを聞ける相手は、本人しかいません。そして知りたいのは、たいてい仕事が集まっている人のことです。その人に「先週ぶんの作業を書き出してください」と頼めば、今日の締切より後ろに回ります。三日経ち、一週間経ち、表は配ったまま残ります。
ひとりで仕事をしている方は、頼む相手が自分になります。困り方は逆で、頼まずに済むぶん、必要そのものを感じません。分かっていないのは仕事の中身ではなく、どれに時間が向いているかのほうです。売上を作る仕事とそうでない仕事の時間の比を、いま言葉にできるでしょうか。
書き出してもらえない理由は、時間だけではありません。
当時の私は、自分にしかできないことのほうが多いと本気で思っていました。理由は怖かったからです。任せてうまくいかなかったらどうするのか。だから自分の目の届く範囲でやろうとしました。属人化を嘆きながら、属人化を選んでいたのは自分でした。
同じことが、書き出す側にも起きます。一覧が出れば自分の抱えている量も出て、そのあとに「ではこれを渡しましょう」が続くことは、本人がいちばん先に分かります。手が鈍った自覚はありません。忙しいという事実のほうが先に立ちます。
だから、書き出す気があるかを問うても進みません。動かすなら、書き出す工程を外します。
同じ詰まり方は、社内マニュアルを作るときにも起きます。書いてもらう工程を外して、話してもらうやり方は社内マニュアルの作成が、いつまでも終わらない理由に書きました。
このまま一覧が無いままだと、何が決まらないままになりますか
決まらないのは、人を増やすかどうかです。
足りない感覚はあります。誰かが遅くまで残っていて、頼みごとが特定の人に寄っている。見えないのは、何人分足りないのかのほうです。数えられないので、採用は感覚で決めることになります。
感覚で増やすと、増えた人は手の空いている人の仕事を手伝います。抱えている人の仕事は、抱えている人にしか分からないので渡りません。人件費だけが増えて、詰まっている場所は前と同じところに残ります。ひとりで仕事をしている方では、これが仕事の断り方に出ます。
人を増やす前に、今の人数のまま何を外せるかは「人手不足なら人を増やすしかない」が間違っている理由と、今の人数で注文を受ける方法に書きました。
自社のどこが先に詰まっているかは、いくつかの質問に答えると見当がつきます。他社で回っている方法が自社で回らないときに何を見るかは、なぜ他社のマニュアルは機能して、うちだけうまくいかないのかに書きました。
人を増やせば、誰が何を抱えているかは見えるようになりますか
見えるようにはなりません。増えるのは手であって、記録ではないからです。
人が一人増えると、何をしているか分からない相手が一人増えます。半年後に同じことを調べようとすると、対象が一つ増えた状態で同じところから始まります。
外に頼む手もあります。棚卸しを引き受けてくれるところはあり、進め方も慣れています。ただし、どこに頼んでも材料は現場から取るしかありません。聞き取りの時間、確認の時間、出てきた案を直す時間は残ります。いちばん忙しい人から時間を取る形は、頼んでも変わりません。
範囲も、思っているより広くなります。当時、私は製造・物流・経理・事務のほぼすべての部門で標準化に取り組み、ほぼすべてで失敗しました。仕事は部門をまたいで流れます。営業が受けた条件が製造で無理になり、その遅れが経理の締めに出る。一つの部門だけを数えても、誰の時間を使っているかは出てきません。
人が抜けたときに何が渡って何が渡らないのかは、引き継げなかったのは、後任のせいではないに書きました。
何を使えばいいですか。新しい道具は要りますか
新しく買うものはありません。最初に使うのは、すでに社内にあるものです。
カレンダー、メール、チャット、Excel、会計や請求のソフト。この中に、先週誰が何をしていたかの跡が入っています。専用の道具を先に選ぶと、その道具に合わせて記録を作り直す作業が最初に来ます。書き出してもらう形に戻ったのと同じです。
生成AIの置き場所は、記録を新しく作らせる側ではありません。すでにある記録を読む側です。読んで、業務の名前と分量に直す。そこだけを任せます。
どの製品を使うかは、この段階では決まりません。チャットに残っている会社と紙の伝票に残っている会社では、読ませる先が違うからです。道具を決める前に何を頼みたいのかを決める話は、中小企業のAI導入、誰に相談すればいいのかに書きました。
業務の見える化は、どういう順番で組むと途中で止まりませんか
書き出させないところから始めます。すでに残っている記録を材料にして、一覧のほうを機械に作らせます。
順番は四つです。
一つ目。集める先を、人ではなく記録にします。
先週、誰が何をしていたか。それは思い出さなくても、もう手元にあります。カレンダーの予定、送信済みのメール、チャットのやり取り、請求書と納品書、承認に回ってきた書類。どれも仕事をした跡として勝手に残っているもので、五つ揃っている必要はなく、いちばん残っている一つから始められます。棚卸しのために新しく書いてもらう必要はありません。この段階で現場に頼むことは、何もありません。
二つ目。その記録をAIに読ませて、業務の名前と、かかっている時間の見当を出させます。
出てくるのは、「見積書の作成」「在庫の問い合わせ対応」「月次の請求書発行」といった業務の名前と、それぞれにどれくらい時間が向いていそうかという見当です。人に書き出してもらうと、この粒度が人によってばらばらになります。ある人は「事務」と一行で書き、別の人は同じ範囲を十数行に割ります。並べても足し合わせられません。同じ材料を同じ読み方で通すと、そこは揃います。
三つ目。出てきた一覧を、人が直します。
ここは省けません。AIが出すのは下書きで、その業務名が実態と合っているか、抜けている仕事は何かを決めるのは人です。ただし、白紙に書き出すのと、並んだ一覧に目を通して直すのとでは、頼む相手にかかる負荷が違います。白紙は、まとまった時間が空くまで着手されません。一覧は、「これは違う」「これが抜けている」と言えば進みます。
四つ目。同じことを週に一度繰り返します。
一度きりの棚卸しは、作った翌月から古くなります。人が書き出す形だと二度目を頼めないので、一度きりで終わります。記録から拾う形なら、二度目にかかる手間は一度目と変わりません。材料は毎週勝手に溜まるので、同じ読み方をもう一度通すだけです。
この四つで変えているのは、作業の中身ではありません。誰の時間を使うかのほうです。
自社では、先週の仕事の跡はどこに残っていますか。
断っておくと、これを自分の会社で確かめたわけではありません。私が経営していた頃に、この道具はありませんでした。電話と立ち話だけで進んでいた仕事は、この形では出てきません。
この方法でも出てこないものは何ですか
三つあります。先に知っておくと、一覧の読み方を間違えません。
一つ目は、記録が残らない仕事です。電話で受けた依頼、通りがかりの立ち話、口頭のまま片づいた判断。記録の側に残らないので、AIにも見えません。しかもこの種の仕事は、いちばん抱えている人に集まります。一覧でその人の分量が実感より軽ければ、たいていここが抜けています。
二つ目は、出てきた時間が見当であって、実測ではないことです。メールを書いた時刻は残っても、その前に何分考えていたかは残りません。順位を見るには足りますが、原価に使う数字ではありません。実測が要るなら、一覧で場所を絞ってからその業務だけ測ります。
三つ目は、一覧ができても抱え込みは解けないことです。並んだあと、では誰に渡すかは別の話になります。ここは、私自身が解けなかったところです。号令をかけられた側で何が起きるかは、「AIで効率化するぞ」と言われた社員は、心の中で何を考えているかに書きました。
どの記録から始めるか、出てきた一覧をどう読むかは資料にまとめてあります。会社で業務の分量を洗い出す方はこちら。
ひとりで仕事をしている方は、集める先が自分の記録だけになるので始め方が変わります。ひとりで仕事をしている方はこちら。
結局、何をAIに任せて、何を人が決めるのですか
AIに任せるのは、日々の記録から業務の名前と分量を洗い出して並べるところまでです。その先の判断は人が持ちます。
任せられるのは、材料を読んで下書きを作る作業です。先週のカレンダーとメールと請求書を通しで読み、業務の名前に直し、分量の見当を付けて並べる。人がやっても機械がやっても結果は変わらず、人がやると忙しい人の手が止まります。
人が決めるのは、その一覧が実態と合っているか、どれを残してどれを渡すか、渡す相手は誰かです。ここは、その仕事を見てきた経験がないと決まりません。業務の名前が同じでも、中身が難しい会社とそうでない会社があり、その違いは記録には出ません。
大変なのは、渡す判断のほうです。抱えているものを手放す決断は、一覧が出ても自動では進みません。難しくないのは、誰が何をどれだけ持っているかを数えるほうで、そこは今日ある記録から始められます。別のことを言っているので、矛盾はしていません。
表が配られたまま二週間、というところから始めなくて構いません。見るのは、先週の仕事の跡がどこかに残っているかどうかだけです。
よくある疑問
Q. 業務の見える化は、何から始めればいいですか
様式を用意するところからではありません。先週の記録がどこに残っているかを確かめるところからです。カレンダー、メール、チャット、請求のどれか一つで始められます。
Q. 無料のツールやエクセルのテンプレートで足りますか
一覧を置いておく場所としては足ります。足りないのは、その欄を誰が埋めるかのほうです。様式を変えても、埋める人は変わりません。
Q. AIが出した時間は、どのくらい当てになりますか
順位を見るには足ります。実測ではないので、原価や請求の根拠には使えません。手を付ける場所を決めてから、その業務だけ測ります。
Q. ひとりで仕事をしていても、やる意味はありますか
あります。分かっていないのは仕事の中身ではなく、どれに時間が向いているかのほうです。受ける仕事を決める材料になります。
この記事は、製造業で12年間・100人規模の会社を経営した実体験をもとに書いています。AI導入の実績を報告するものではありません。
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